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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2974号 判決

控訴人附帯被控訴人(被告・反訴原告)

小川正之助

右訴訟代理人

深谷茂

ほか一名

被控訴人・附帯控訴人(原告・反訴被告)

鈴木建

ほか一七名

同(脱退者)

長谷部治郎

同(右長谷部の引受参加人)

早川修司

以上被控訴人ら訴訟代理人

古曳正夫

ほか一名

主文

一  控訴人の本件控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人ら(引受参加人を含む。)は各自控訴人に対し、別紙第一物件目録記載の道路に、控訴人がその西側の控訴人賃借地(東京都杉並区本天沼三丁目七〇一番宅地1,464.46平方メートルのうち北東部約132.23平方メートル)から日常生活のためにする出入りを妨害してはならない。

控訴人のその余の請求を棄却する。

二  附帯控訴人ら(引受参加人を含む。)の本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は本訴及び反訴とも第一・二審を通じて四分し、その三を被控訴人ら(附帯控訴人ら)の、その一を控訴人(附帯被控訴人)の各負担とする。

事実《省略》

理由

一《省略》

二五号道路の法的性格

(一)  本件土地につき、昭和三〇年五月九日東京都知事から建築基準法四二条一項五号の規定による道路位置指定、すなわち五号道路の位置指定がなされ、同月二四日告示第四八八号をもつて告示されことは当事者間に争いがなく、被控訴人らが本件土地の所有者(共有者)として右基準法上の制約を受けていることはいうまでもない。

(二)  そこで、右五号道路の性質について考察することとする。

およそ、道路とは広く一般公衆の通行の用に供されている物的施設をいうものと解されるところ、それには法律上公物としての性質を認めて特殊の法的規制を加えた公道(公物たる道路)と、その開設、維持、管理等について若干保護、助成等のための規定を設け、あるいは何らの規定を設けずに放置された私道(私物たる道路)があり、現行法上その法的規制の仕方・程度は様々であつて帰一しない。

ところで、建築基準法(以下、単に法または基準法ともいう。)四二条一項は「この章において『道路』とは、次の各号の一に該当する幅員四メートル以上のものをいう。」としたうえ、一号から五号まで五種のものを列挙し、更に同条二項において「この章の規定が適用されるに至つた際現に建築物が立ち並んでいる幅員四メートル未満の道で特定行政庁の指定したものは、前項の規定にかかわらず、同項の道路とみなし、」云々としてそれぞれ道路の定義を定めている。そのうち右一号の道路は、道路法二条、三条を承けたもので、同法二条一項によれば「この法律において『道路』とは一般交通の用に供する道(自動車のみの一般交通の用に供するものを含む。)で次条の各号に掲げるものをいい」とし、同法三条は道路の種類として「一、高速自動車国道」・「二、一般国道」・「三、都道府県道」・「四、市町村道」を挙げており、これらの道路が前記公道に属することは明らかであり、また、前記法四二条一項二号の規定する都市計画法、土地区画整理法等による道路も右の公道の範ちゆうに属するものといえよう。そして、基準法が定める右以外の道路には私道に属するものが多く、五号道路が右の私道であることはいうまでもない。

法は、都市計画法の規定による都市計画区域内に限り(法四一条の二)、このように公道のみならず私道をも含めて基準法上の道路としたのであるが、法が特にこのような規定を設けたのは、人口の多く密集する右区域内の建築物の敷地に関し、道路との関係において防災上、避難上、交通上等の支障がない構造・位置関係を保つようその最低基準を定めることによつて国民の生命・健康・財産の保護を図り、もつて生活環境の向上と公共の福祉の増進に資そうとするところにある(法一条参照)。そして、具体的には、法四三条に定めるところの接道義務(建築物の敷地は道路に二メートル以上接しなければならない。)を満たすことによつてこれを実現しようとしているわけであるが、法は更に四四条で、一号ないし五号の道路すべてにつき道路内において建築物または敷地を造成するための擁壁を建築することを禁止し、また、私道についてはその変更または廃止によつて法四三条の接道義務を満たさない結果になる場合には、その変更または廃止を禁じ、あるいは制限することができると定めているのである。また、この私道に関する基準を法で定めていなかつた昭和四五年の改正前のもとにおける東京都建築基準法施行細則二〇条は、五号道路が当然四メートル以上の幅員を有することを前提として(なお経過的規定により既存の四メートル未満の道路を基準法上の道路としているものがある。法四二条二項)、その指定基準を原則として西側が他の道路と接続する道路としなければならないと定めており、昭和四五年法律第一〇九号による改正後の法四二条一項五号はこの基準の定めを政令に譲ることとし、築造される道が「政令で定める基準に適合する」ことを要件としたうえ、同法施行令一四四条の三によりその基準の一つとして袋地状道路の原則的禁止その他を定めたのであつて、これらはいずれも前記の法意に基づくものということができる。

被控訴人らは、右法意をとらえ、かつ、法文上に道路法二条にあるような「一般交通の用に供する」旨の規定や同法四条の「私権を行使することができない」旨の規定がないことを理由に、五号道路が災害時における防災、避難等のみのための一般の通行を許すものであつて、平常時における一般公衆の通行を受忍すべき理由はないと主張する。

たしかに、基準法が右のように災害時の防災・避難等を大きな目的として前記の諸規定を設けた意義も見逃せないけれども、その他にも法が敷地及びその地上建物の効率的な利用・便益に資するため有効かつ安全な交通路の確保を図つている点も否定することができないのであり、現に法は、四二条一項の一号から五号に至るまで公道であると私道であるとを問わず、その間に基準法上の道路としての効果に何らの差等を設けていないのであるから、少なくとも基準法上は同義に解するほかなく、道路がひろく一般公衆の通行の用に供するものであるという前述道路の意義にも鑑みて、私道である五号道路も、被控訴人ら主張のように緊急時のみにおける一般の通行を許してそれ以外は敷地所有者の独占的、排他的利用を許すというものではなく、右敷地所有者以外の第三者を含む一般公衆(それがたまたまその五号道路に接道している敷地保有者であると否とを問わない。)の通行を許容する性質の道路と解するのが相当であり、また、その道路位置指定処分の効果の意義・特質はその点にあると考えるべきである。

このように考えるとすると、五号道路は、道路交通法二条の「一般交通の用に供するその他の場所」に該当して他の道路と等しく同法の適用を受け、同法七六条、七七条による各種の規制を受ける結果になるとともに、道路法四条の規定に準じて、道路敷である土地について所有権の移転、抵当権の設定・移転のほかは、一般の交通を阻害するような方法で私権を行使することが原則的にはできないことになり、更に観点を変えれば、この道路は民法二一〇条の公路にも該当することになるのである。そして、右五号道路が地方税法三四八条二項五号の「公共の用に供する道路」に該当するものとして固定資産税の課税対象から除外されているゆえんも、そこにあると考えられる(本件道路について右課税が行なわれていないことは被控訴人らの認めるところである。)。

被控訴人らは、もし五号道路が一般公衆の通行に利用され、かつ、前記のように私権の行使を制限されることになると、道路敷地所有者は何らの補償もなく財産権を侵害されることになると主張するのであるが、五号道路の道路位置指定は、私人の申請に基づき右敷地の所有者等利害関係人全員の承諾を得てなされるものであり(建築基準法施行規則九条参照)、かつ、その結果私有地は第一義的には右敷地私権利者等のための基準法上の道路として設定されるのであつて、これを一般公衆が通行できるのは、それが一定以上の幅員を有し、公道に通ずるという右基準法上の要件・形状を具えたことによる公法上の効果にすぎないのであるから、五号道路の位置指定に伴う右制約が財産権の侵害になるとはいえず、またそれは憲法二九条三項の「公共のために用いる」強制的な土地の収用、私権の制限とも異なり、正当な補償を要することにはならないというべきである。

(三)  しかしながら、ここでなお留意すべきは、五号道路はあくまでも私道であるから、その維持・管理は敷地所有者等関係私権利者に委ねられているのであつて、基準法、道路交通法などに特別の定めがあるほかは、その維持・管理について国または地方公共団体その他行政庁による干渉を受けることはないのであり、前項判示の道路の性質を害しない限度においてこれを行うなことがでるきのである。法四五条が法四三条一項の規定または同条二項の規定に基づく条例に牴触する場合のほかは、右私道を変更または廃止することができるとしているのも、その一端を示したものということができよう。このいわゆる私的管理権からすれば、道路敷地に所有権等を有する私権利者は、それ以外の一般第三者、すなわち公衆の通行・立入りを全面的に禁止したり、阻害したりすることはできないが、前記諸法令の制約に反しない限度で、右道路の保全と関係敷地所有者の居住の安寧のために、道路使用の方法を自治的に定めることができ、例えば私道内での第三者の駐車禁止、一定速度以上の自動車の走行、重車両の進入などの禁止、道路保全のための側溝・側壁・標示の設置等を決めることができるのであり、その意味において、被控訴人らが、本件道路を子供の遊び場として決めているのは道路交通法七六条、七七条との関係において問題がなくはないにしても、団地居住者の自家用自動車以外の駐車を禁じているのは是認することができ、このような道路の管理については、五号道路を利用する一般公衆もその制限に服すべきものと解するのが相当である。

(四)  ところで、本件係争の内容は、たまたま本件道路に接道する借地居住者の控訴人が、出入口を設けるなどしてその接道部分から直接本件道路に出入りし、これを日常生活上通行利用することができるかどうかにある。

控訴人の本件借地は、さきに認定したように、その前居住者の時代から、たまたま本件道路が五号道路として開設されたためにこれと隣接し、約14.53メートルの長さにわたつて接して法四三条の規定する接道義務を満たしているわけであるが、上来の説示にもあるように、控訴人が本件道路を通行できるのは、本件道路が五号道路として法四二条一項五号の位置指定を受けた基準法上の効果によるものであつて、これによりあくまでも一般公衆の一人として公法上の通行の利益を享受しているというにすぎず、それによつて私法上の通行権を取得したからではない。すなわち、控訴人の右通行利益は右道路位置指定処分の反射的利益にすぎないのであり、しかもそれは控訴人が本件道路に接して接道要件を満たしていることとは直接かかわりがないのである。その意味では、本件道路につきいずれも所有権(共有権)を有してこれと接する各宅地(建物敷地)を利用している関係の被控訴人らとそのような関係にない控訴人とでは私法上の権利関係において全く差異があるということができる。

しかし、いやしくも一般の公衆として本件道路につき通行の利益を有するとすれば、それは日常生活上の行動として本件道路を通行することができるのであり、控訴人のほか控訴人の家族が同様の立場においてそれが可能であることも多言を要しない。そして、その通行利用の方法は、例えば、本件道路を団地北側の公道の一方から入つて他方に抜けることはもちろん可能であるし、たまたま控訴人の本件借地が本件道路に接しているため、本件道路を通行してその接道部分から本件借地に入り、また、その逆に通行することも一般公衆の通行利益として否定することはできない。また、この公路(本件私道)通行の関係において控訴人がその敷地への出入りのため右接道部分のいずれに、どの程度の出入口を設けるかは、控訴人が私法上の権利(所有権その他の使用権)を有する敷地内である限り一応控訴人の自由ということができる。しかし他方、控訴人は、本件道路敷地そのものについては何ら民法上の使用収益権、通行権を有するものではないから、被控訴人ら右私道の権利者等が道路の管理・保存のため私道敷上に設けた側壁・障壁等を勝手に取毀わすことはできないのであり、控訴人は一般公衆の一人として通行・出入りをする利益を有するにすぎず、逆に右私道権利者の管理・制限に服する結果として、右接道部分における控訴人の出入りの場所、間口等は右私道管理上の側壁等の設置によつて事実上必要相当な範囲に制約されざるをえないことになる。

《以下省略》

(浅賀栄 小木曾競 深田源次)

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